なぜ「Monoxer」は、18.5億円を調達して“教育アプリ”から「企業の記憶」インフラへ踏み出したのか？

2025年、企業研修（HRテック）市場は、構造的な人手不足に加え、リスキリングによる人材再配置ニーズが急速に拡大しています。今、この市場課題に対し、AIを活用した「記憶定着」技術で挑むのがMonoxer株式会社です。2025年10月、住友商事との資本業務提携を含む約18.5億円の資金調達を発表し、同社は今、「記憶定着」技術を起点に、教育からHRテック領域へと本格的に飛躍する重要なフェーズを迎えています。 事業に資するHR人材を志向する方に向けて、成長産業、成長企業の実態に迫ります。

18.5億円の調達と住友商事との提携が示す「HRテック」への戦略的転換

2025年、日本の労働市場は人手不足と生産性向上の課題に直面し、企業による「人的資本」への投資は責務となっています。この市場変曲点で、Monoxer株式会社は2025年10月に約18.5億円のシリーズC資金調達を発表し、戦略的意図を明確にしました。

この調達は、リード投資家が住友商事である「資本業務提携」である点が特徴です。提携目的は、住友商事グループの小売現場（サミット、トモズ等）が直面する人手不足に対し、MonoxerのAIによる「記憶定着」技術で従業員の「早期戦力化」と「生産性向上」を実現することです。

これは、Monoxerが従来の「教育（EdTech）」領域で培った資産を基に、「企業内教育（HRテック）」という広大で喫緊の課題を抱える領域へ本格的に戦略の舵を切ったことを示します。

（出典：モノグサ 採用資料）

75億件の学習データと教育市場での確固たる地位

Monoxerの現在地は、2016年設立以来の二つの主要資産に集約されます。

第一に、教育市場での圧倒的な実績です。2022年時点で全国3,600以上の学校・学習塾で採用され、教育のプロから有効性を認められています。

第二に、より重要なのが蓄積された「データ」資産です。Monoxerのプラットフォーム上で解かれた問題の累計解答数は、75億件（2021年9月時点の報道）という膨大な量に達しています。

この75億件は単なるログではなく、「何を、どう学習し、いつ忘れ、どう思い出したか」という人間の「記憶」と「忘却」のプロセスを記録した、世界でも類を見ない行動データセットです。

（出典：モノグサ 採用資料）

6,130億円の国内企業研修市場と「人的資本開示」という構造的追い風

Monoxerが次に狙う市場は、従来の教育市場を凌駕する成長ドライバーを内包しています。

二重の成長エンジン（教育DXと企業研修）

国内教育産業市場（基盤市場）

矢野経済研究所の調査によれば、2024年度の国内教育産業市場は2兆8,556億円と推計されています。

企業向け研修サービス市場（成長市場）

同調査で顕著な拡大要因とされており、国内市場は2024年度の5,858億円から、2025年度には6,130億円（前年度比4.6%増）に達すると予測されています。

「人的資本開示」がもたらす研修ROIの可視化ニーズ

Monoxer最大の追い風は「リスキリングブーム」だけでなく、2023年3月期決算から義務化された「HTO」という制度的変化です。

このインパクトは計り知れず、従来「コストセンター」と見なされ効果が曖昧だった企業研修のあり方を変えました。

開示義務化により、経営陣や投資家は研修という「投資」への「リターン（ROI）」、すなわち「従業員が何をどれだけ習得したか」の定量的な証明を求めています。

この市場変化におけるMonoxerの真の競合は、他のeラーニングではなく、「効果測定が不可能な従来型の研修」（OJTや集合研修など）です。Monoxerは、この「研修効果の可視化」という市場要求に応えるソリューションを提供します。

「記憶定着」を科学する特許技術と「スキル分解」という価値

Monoxerの事業は、AIを活用した「記憶定着」専門のB2BtoC SaaSプラットフォームです 。企業や学校が契約し、従業員や生徒がアプリを使います。   

管理者がまず、覚えてほしい内容（英単語、製品知識、業務マニュアルなど）を登録します 。Monoxerの価値は、学習者と管理者の両方に提供されます。   

1.学習者（従業員・生徒）への価値

AIが「忘れる直前」の最適なタイミングで問題を出題します 。人間の「忘却曲線」に基づき、一人ひとりの記憶度に合わせて出題が自動調整されるため、非効率な「詰め込み学習」から解放され、知識が効率的に定着します 。   

（出典：モノグサ 採用資料）

2.管理者（企業・教師）への価値

組織全体の習熟度をダッシュボードで「見える化」します 。「誰が、何を、どこまで覚えているか」が正確に把握できるため、研修効果の測定（ROIの可視化）や、的確なフォローアップが可能になります 。   

（出典：モノグサ 採用資料）

Monoxerの真価は、単なる知識の暗記に留まらない点にあり、特許出願中の「スキル分解」技術により、複雑なスキルの習得までを支援します 。   

例えば「数学」の学習では、一つの問題を解くプロセスを「①解法を選ぶ」「②必要な公式を記憶している」「③公式を適切に使える」といったステップに分解します 。AIは、学習者がどのステップでつまずいているかを個別に診断し、そのステップを反復出題することで、最終的にスキル全体の定着を「科学的」に実現します 。   

このロジックは「営業交渉」や「機器操作」など、企業内のあらゆるスキルに応用可能です 。だからこそ、Monoxerは「暗記アプリ」ではなく、企業の「複雑なスキルを定着させるエンジン」として、大手小売業の資格試験合格率向上など 、具体的な成果を上げています。   

75億件のデータと「制度的記憶」プラットフォームへの進化

Monoxerの競争優位性は、単一の機能ではなく、複数の「アセット（資産）」が強固に結びつくことで形成されています。

1. データ・モート（過去の資産）75億件の学習データ