なぜ地方タクシー企業発の電脳交通が、全国のタクシーインフラの“中核プレイヤー”になれたのか？

2025年、地域交通分野は「2024年問題」による労働規制強化とドライバー高齢化によって、路線維持そのものが揺らぐ局面にあります。

今、この市場課題に対し、業務プロセスと配車基盤の両方を再設計するアプローチで取り組んでいるのが株式会社電脳交通です。

三菱商事との資本業務提携に加え、東京都個人タクシー協同組合の配車業務を受託し、同社は今「クラウド配車SaaS×BPO」で地域交通のOS化を進める重要なフェーズを迎えています。

事業に資するHR人材を志向する方に向けて、成長産業、成長企業の実態に迫ります。

地域交通の“運営モデル転換”が本格化する中、台頭する電脳交通

2025年、この数十年で最も大きい構造変化が地域交通に起きています。
2024年問題による労働規制強化と高齢化が進み、タクシー会社は“自前運営”の維持が難しくなり、業務プロセスや配車基盤そのものの再構築が避けられない状況です。

こうした転換点で電脳交通が存在感を増している背景には、2025年4月にシリーズDとして25億円を調達（累計52億円）しました。

リード投資家は三菱商事で、計12社が出資。外部資本の評価により、同社が“地域交通の基盤を担う存在”へ進むことがより現実的になりました。

同社のプロダクト「DS」はすでに全国47都道府県・約600社・約21,000台に導入され、BPOによる配車業務は41都道府県で月間20万件超を処理しており、単一企業の枠を超え、全国規模の運営インフラとしての性質を帯び始めています。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

徳島の家業再建から、47都道府県をつなぐ交通インフラ企業へ

電脳交通は2015年12月、徳島県の地方タクシー会社「吉野川タクシー」の再建から生まれたスタートアップです。

創業者の近藤洋祐氏は、家業であるタクシー会社の社長として、倒産寸前の状況からインターネット集客や低コストなソフトウェア活用による「ローコストオペレーション」でV字回復を実現しました。

その経験を汎用化すべく、車庫の一角で現CTOの坂東氏とともにクラウド型配車システムの開発を始めました。

現在、同社のクラウド配車システム「DS」は全国47都道府県・約600社・約21,000台に導入されており、2016年からの導入台数は一貫して増加しており、地域の事業者規模や道路環境の違いを乗り越えながら、全国的な交通ネットワークを形成しつつあります。

JapanTaxi、NTTドコモ、JR西日本グループとの提携を皮切りに、ENEOSグループ、JR四国、第一交通、エムケイなど全国の有力事業者・インフラ企業と資本業務提携を重ねています。

「地域交通アライアンス」「DSコネクト」構想を打ち出し、単一事業者向けSaaSから、交通インフラ全体をつなぐ“プラットフォーム事業者”としての色を強めています。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

「成長」よりも「維持」がビジネスになる1.6兆円・地域交通市場

電脳交通が向き合う国内旅客運送市場は約1.6兆円規模ですが、成長よりも「インフラ維持」が主要課題になりつつあります。

日本のタクシーは約20万台・5,676社で構成され、ドライバー平均年齢は58.3歳と高く、事業者の7割が小規模です。地方では依然として75％が電話配車に依存し、人手に張り付く運用が続いています。

公共交通全体では、地方のバス・鉄道の70〜80％が赤字で、2045年には人口の約60％が65歳以上になると見込まれています。

需要はむしろ残っており、人口密度の低い地域では住民の85％が「車が必要」と回答しており、免許返納の増加とともに移動リスクは高まります。

この市場の競合は他社ではなく、紙台帳・オンプレ型システム・高齢オペレーター依存といった旧来の業務プロセスそのものです。

多くの事業者は資金力やITリテラシーの壁からDXが進まず、アナログ運用が慣習として残っています。

電脳交通は、この「更新されないプロセス」と「人手不足」の間に入り、タクシー会社・自治体・MaaSを横断してつなぐOSとしての立ち位置を強めています。

市場は成熟しているように見えても、維持と再設計のニーズが大きく、「維持のための投資」が新たなビジネス機会になりつつあります。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

SaaS×BPO×接続基盤で、タクシー経営を丸ごと置き換える

電脳交通の事業は、クラウド配車システム「DS」、配車業務委託サービス「タクシーCC」、外部サービスとの連携を担う「DSコネクト」という三層で構成されています。

クラウド配車システム「DS」：低コストで“常に最新”の配車OS

「DS」は、無線配車・アプリ配車・デマンド交通をクラウド上で一元管理できる仕組みです。管制側の電脳配車OSと車載タブレットで構成されており、配車指示・ナビ・通話までを1台で完結できます。

ITに不慣れな高齢ドライバーでも扱えるUIで、車両ステータスを直感的に把握できるように設計されています。

従来のオンプレミス型のような高額投資は不要で、導入車両数に応じた月額課金で利用でき、初期費用を抑えながら常に最新版を使える点が評価されています。

年間500回を超えるアップデートにより、顧客要望や配車センターからの改善提案が高速に反映されます。

機能面では、リモート配車（オペレーターの在宅化）、事前確定運賃、自動配車、デマンド交通対応、データアナライザーなど、タクシー経営に直結する機能が揃っています。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

配車業務委託サービス「タクシーCC」：24時間365日の配車室を外出し

「タクシーCC」は、タクシー会社にかかる配車電話を電脳交通のコールセンターへ転送し、オペレーターがDSを使って遠隔で配車するサービスです。

24時間365日の配車室運営に必要な人件費・水道光熱費などの固定費を変動費化でき、採用・育成・退職リスクも削減できます。

夜間や繁忙期のみといった部分委託も可能で、事業者ごとの配車ルールにも対応できるため、「委託中も社内と同じ品質で配車できる」点が高く評価されています。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

「DSコネクト」：配車アプリやMaaSとつながる“接続ハブ”

「DSコネクト」は、配車アプリや交通関連サービスを一括で接続できる基盤です。

Uber、S.RIDE、DiDi、NearMeなど複数のアプリと連携でき、タクシー会社はDSを導入するだけで、これら複数チャネルからの注文を一元管理できます。

価値の本質は、「どのアプリと組むか」ではなく、「どのアプリとも組める状態をつくること」です。

個別アプリごとのシステム開発が不要になり、新たな連携先もDS経由で追加でき、電話・アプリ・MaaS・タクシー呼出ボタンなど多様なチャネルを束ねられます。

結果として、売上チャネルの多角化と業務効率化が同時に進み、「タクシー経営のOS」としての役割が強まりつつあります。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

現場解像度・全国ネットワーク・大手資本が支える「地域交通統括OS」構想

電脳交通の競合優位は、抽象的な理念ではなく、具体的なアセットの積み上げにあります。

現場に根ざしたプロダクト＆BPOアセット

1つ目は「現場解像度の高さ」です。創業者が乗務員・経営者として現場を経験し、エンジニアは営業所に泊まり込んで業務を観察しながらUI/UXを磨いてきました。

徳島・岡山などの自社コールセンターでは日々の配車業務を自ら運用しており、この「自社でやっているからこそ分かる苦労」をシステムとオペレーションに反映している点が強みです。

BPO拠点・ノウハウ・人材の集合体は、短期的には模倣されにくい資産です。

47都道府県導入と全国アライアンス

2つ目は、47都道府県への導入と、そこから生まれるネットワークデータです。導入車両数の増加は、単なる顧客拡大ではなく、地域ごとの道路環境や需要パターンに基づいた機能改善を加速させています。

蓄積データから「いつ・どこに・どれくらい車を出すべきか」というインサイトが得られ、デマンド交通やMaaSの実証でも既存事業者を巻き込みやすくなります。

さらに、三菱商事・JR東日本・第一交通・エムケイなどとの提携により、自治体・鉄道・バス・MaaSを横断するアライアンスの中核としての立場を確立しつつあります。

「タクシー経営を丸ごとカバーする」OS構想

将来構想として電脳交通は、配車システムにとどまらず、集客支援（配車・アプリ・MaaS）、車両管理・調達、採用支援・労務・業務管理といった領域まで含む“経営OS”を掲げています。

その先にあるのが「地域交通統括OS」構想で、タクシーだけでなく、コミュニティバス・オンデマンド交通・鉄道の結節点を一つのシステムで最適化し、地域社会の移動基盤全体を支えることを目指しています。

（出典：電脳交通 会社説明資料）

徳島×東京のハイブリッドで「テック」と「泥臭いオペレーション」をつなぐ組織

組織は、徳島本社を中心に、東京・岡山などに拠点を持つハイブリッド型です。