Craif、「がん検診は受けに行く」から「家で始める」へ──未受診者50％を取り込む構造転換

2025年、日本のがん検診率は主要国の中でも低く、「生涯で2人に1人ががんになる時代」でありながら、受診行動のハードルが依然として大きい現状があります。

今、この課題に対し、「尿一滴で自宅完結」という新しい検査体験で挑むのが、名古屋大学発バイオAIベンチャーのCraif（クライフ）です。

2025年には総額32億円の調達、大手ドラッグストアでの店頭販売開始という事業転換点を迎え、医療が生活動線へ広がる局面に入っています。

事業に資するHR人材を志向する方に向けて、成長産業、成長企業の実態に迫ります。

医療が“生活動線”に乗り始めた転換点

2025年、がんは日本人の死因1位であり、「生涯で2人に1人ががんになる時代」と言われます。一方で、がん検診の受診率は主要国の中でも低く、40％台にとどまっています。多くの人が「忙しくて受ける時間がない」と検診を先送りにしているのが実態です。

こうした状況に対し、「痛みなく・自宅で完結する検査」でアプローチしてきたのが、名古屋大学発バイオAIベンチャーのCraif（クライフ）です。

同社は尿中マイクロRNAをAI解析するがんリスク検査「マイシグナル」シリーズを展開し、これまで医療機関やオンラインD2Cを中心に提供してきました。

2025年4月、総額32億円の資金調達を実施し、研究開発に加え、マスマーケット向けのマーケティング・販路開拓に投資しています。

2025年11月、大手ドラッグストアでのがん検査キット店頭販売を開始し、日用品と同じ棚に「がんリスク検査」が並ぶ世界が現実になりつつあります。

(出典：craif Culture Deck)

尿一滴から始まる“次世代検査”を社会実装するチーム

Craifは2018年5月に創業した名古屋大学発のバイオAIベンチャーです。バイオマーカー解析基盤「NANO IP®」とAI技術を組み合わせ、尿や唾液を使った次世代検査の社会実装を進めています。

中心事業は、がんリスク検査ブランド「マイシグナル」シリーズで、現在は以下の4プロダクトを展開しています。

マイシグナル・スキャン

尿中マイクロRNAを解析し、7〜10種のがんリスクを個別に判定する高精度検査

マイシグナル・ライト

尿中代謝物「ジアセチルスペルミン」を測定し、全身のがんリスクを手軽にチェック

マイシグナル・チェック

DNA損傷度を測定し、生活習慣に起因する「DNAストレス」を可視化する検査

マイシグナル・ナビ

唾液由来の遺伝情報から、生涯注意すべきがん種を判定する遺伝子検査

医療機関向けの検査は、2022年の卵巣がん検査ローンチを起点に導入施設数が右肩上がりで増加しており、2024年には全国約800のクリニック・健診センターで採用される規模に拡大しています。

また、大手の健康経営を重視する企業が福利厚生として「マイシグナル」を導入しました。

さらに、ドラッグストア各社との取引も進み、「医療機関」「企業」「ドラッグストア」という三つのチャネルで実績を積み上げている点も特徴的です。

(出典：craif Culture Deck)

がん検診“未受診の残り50％”という最大の空白市場

Craifが狙うのは、単なる「検診市場」ではありません。

TAMは“検診に来ていない人”を含めた予防医療全体

日本のがん検診受診率は約40％台で、先進国の中で低く「そもそも検診を受けていない人」が半数近く存在します。

受診しない理由としては「時間がない」「面倒」「痛い」「どの検査を受ければよいかわからない」といった心理・行動面のハードルが大きいことがデータでも示されています。

一方、がんの5年生存率は、ステージが上がるほど急激に低下します。すい臓がんのように、発見が遅れるがゆえに5年生存率が1桁台にとどまるがん種もあります。

このギャップを前提にすると、CraifのTAMは「既存の検診受診者」だけでなく、

• 忙しさや心理的抵抗から検診を受けていない層

• 痛みや侵襲性を嫌い、血液検査・内視鏡を避けている層

を含めた、「がん検診未受診の残り50％」を抱える予防医療市場全体と捉えられます。

数兆円規模の検診・健診市場の中でも、最も未開拓な領域です。

(出典：craif Culture Deck)

競合は「血液」「人間ドック」だけではなく“侵襲的な医療体験”そのもの

この市場における代替手段は、個別企業名というより構造で捉えるべきです。

【人間ドック・画像検査】高精度だが、予約・移動時間・費用・準備が負担

【血液によるリキッドバイオプシー】侵襲性は比較的低いが、注射への抵抗感は根強い

【市町村の対策型検診】安価だが、自治体からの通知と日程に行動が紐づくため「忙しい人ほど受けにくい」

これらはいずれも、「医療機関に出向き」「一定の痛みや負担を受け入れ」「特定の日程に時間を確保する」という共通構造を持ちます。

Craifは、「尿一滴」「自宅で完結」「ポスト投函」というUXで、この構造そのものを置き換えようとしているプレイヤーです。

(出典：craif Fact Book)

自宅で完結する“Testing as a Service”と尿データ基盤の二層構造

Craifの事業は、大きく「検査事業」と「データ事業」の二層構造で理解すると整理しやすくなります。

検査事業：自宅〜医療機関をつなぐ「Testing as a Service」

価値提供の中心はUXにあります。

• ユーザーはドラッグストアやオンラインで「マイシグナル」キットを購入

• 自宅で採尿し、同封の容器でポストに投函

• Craifの中部検査センターに集約された検体が、NANO IP®プラットフォーム上で処理される

• 数週間後、ウェブや郵送で結果レポートを受け取り、高リスクの場合は推奨される医療機関・検査内容が提示される

検査センターは衛生検査所として登録されており、E2Eのラボマネジメントシステムとローコードのデータ管理基盤「Oyster®」で運用がデジタル化されている点も特徴です。

ビジネスモデルは、

医療機関向け

検査キット・解析サービスのB2B販売

企業向け

福利厚生としての検査提供（B2B2E）

一般消費者向け

ドラッグストアやECを通じたD2C販売

というマルチチャネル型で医療機関とドラッグストアで「入口」を押さえつつ、法人向けの健康経営ニーズも取り込む構造です。

(出典：craif Culture Deck)

もう一つの軸が、検査を通じて蓄積される尿中バイオマーカーと臨床情報のデータベースです。

データ事業：尿バイオマーカー×AIの「NANO IP®」プラットフォーム

• 全国から集まる1万件超の尿検体を、同一プロトコルで処理

• エクソソーム捕捉・miRNA/DNA計測・データアナリティクスまでを一気通貫で内製

• 50以上の医療機関と共同研究契約を結び、疾患別にバイオマーカー探索を推進

こうして構築されたINTEGRAL Database™上で、機械学習アルゴリズムを継続的に改善することで、検査の感度・特異度を高めています。

このプラットフォームは将来的に、

• 製薬企業やアカデミアへのデータ提供・共同研究

• 新しい検査メニュー（他疾患や治療効果モニタリング）の創出

といった形で、「Data as a Service」型の収益源にもなり得る構造です。

(出典：craif Fact Book)

ナノテク×データ×商流設計がつくる参入障壁

Craifのコアアセットは、単一のプロダクトではなく「NANO IP®」というプラットフォームにあります。

模倣困難な「NANO IP®」とデジタルクリニカルラボ

• エクソソームを効率的に捕捉するナノレベルのデバイス

• miRNA/DNAの高感度・高再現性の定量プロトコル

• 全国から集まる検体を処理するデジタルクリニカルラボのオペレーション

• バイオマーカーと臨床情報を統合した尿バイオマーカーデータベース

これらが組み合わさることで、「検査として実用化できるレベル」にチューニングされた研究開発とオペレーションが可能になっています。

単にAIアルゴリズムだけを真似することはできても、「データの質」「サンプル処理の一貫性」「ラボ運用のノウハウ」まで含めたプラットフォームを再現するのは容易ではありません。

(出典：craif Culture Deck)

もう一つの優位性は、商流設計です。

800医療機関とドラッグストア、企業をつなぐ「商流の発明」

【医療機関】専門医の紹介や精密検査への導線を担保

【企業】健康経営・福利厚生文脈で、受診率向上を支援

【ドラッグストア】ヘルスケア商品の延長として、気軽に手に取れる入口を提供

この三つのチャネルを押さえることで、「検査を受けるきっかけ」と「その後の受診行動」を一気通貫でデザインできる点は、他のディープテック企業にはない強みです。

がんから「一生のヘルスリスクプラットフォーム」へ

Craifのビジョンは「人々が天寿を全うする社会の実現」で、単にがんを早期発見するだけでなく、

• 遺伝リスク把握（マイシグナル・ナビ）

• 生活習慣リスクの見える化（マイシグナル・チェック）

• 早期発見（スキャン／ライト）

を組み合わせ、「点」ではなく「線」で一生のがん対策を支える世界観を描いています。

さらに、米国ではすい臓がん診断用リキッドバイオプシーとしての医療機器AIプログラム開発を進めており、FDA承認・保険償還を見据えたプロジェクトも動いています。

国内外で規制対応を進めつつ、がん以外の疾患領域や生活習慣リスクへの展開も視野に入れることで、「尿バイオマーカーを軸にした一生のヘルスリスク・プラットフォーム」に進化していく構想です。

(出典：craif Culture Deck)

Ph.D.とビジネス人材が同じVisionで動く“分断なき組織”

Craifの組織は、大きく「R&D」「ビジネス開発」「臨床検査・オペレーション」「コーポレート・DX」の4領域で構成されています。